子どもが生まれて2週間が経った。
いま私は、朝9時から深夜までの家事と育児をほぼ担当している。沐浴、おむつ替え、ミルクを作る、哺乳瓶を洗う、除菌する、備品を買い足す、寝かしつける。合間に仕事をする。まとまった時間は、ない。
この2週間、AIを毎日使った。ただし、使い方が以前とはまったく違っていた。
そして気づいた。AI活用の話は、たいてい「机に向かっていて、両手が空いていて、時間がある人」を前提にしている。
現場は、そうではない。
なぜ「便利なはずのAI」が使えなくなるのか?
両手が塞がり、時間が細切れになると、AIの性能ではなく「入力のしかた」が使用可否を決めるからだ。
この2週間で最初に起きたのは、シンプルな挫折だった。手で入力できない。
赤ちゃんを片腕で抱えているとき、空いている手は一つしかない。その状態でスマホに文章を打つのは、現実的ではない。どれだけ賢いAIでも、入力できなければ存在しないのと同じだ。
だから音声入力に切り替えた。これで「使えないAI」が「使えるAI」になった。変わったのはAIの性能ではない。入り口だけだ。
次に起きたのは、時間の問題だった。作業は5分単位で中断される。腰を据えてAIと対話し、出力を見て、指示を出し直して——という往復ができない。
そこでプロンプトを変えた。一度の指示で、できるだけ多くの作業を自律的に進めてもらう書き方に寄せていった。往復回数を減らすこと自体が、使えるかどうかの分かれ目になった。
疲れている人が使えるAIの条件とは何か?

「賢さ」ではなく、①手を使わずに入力できる ②一度の指示で完結する ③前提の説明が要らない、の3つだ。
実際にこの2週間、AIに頼んだのはこういうことだった。
- ミルクの量の調整、ミルクの選定、おむつの選定
- 住んでいる市の子育て支援サービスの調査
- 2週間健診や出生届など、期限のある手続きのスケジュール調整とタスク化、リマインド
- 予防接種のスケジュール整理
- 寝かしつけのアドバイス
- 寝かしつけ用の音楽の制作
どれも高度な推論ではない。調べる、整理する、思い出させる。それだけだ。
平時であれば自分でやれることばかりで、実際、以前は自分でやっていた。だが余裕がない状態では、この「それだけ」が決定的に効く。
身近なAIとは、機能が多いAIのことではなかった。疲れている人が、その状態のままで使えるAIのことだった。
なぜ「背景から説明してくれる出力」が必要になったのか?
自分がタスクの前提を忘れるようになったからだ。そして忘れるのは、能力ではなく余裕の問題だった。
産後、私のプロンプトには明確な変化が起きた。
タスクを、忘れる。
睡眠が細切れになると、記憶は面白いほど落ちる。昨日決めたはずのこと、なぜそれをやると決めたのかが、出てこない。
そこでプロンプトをこう変えた。「タスクの背景から教えてくれ」。そして出力にも同じことを求めた。前回までの流れが見える形で出してくれ、と。
結論だけ出されても、判断できない。「なぜこれをやるのか」から書かれていて、初めて動ける。
これを何度か繰り返しているとき、ふと思った。
——これ、プロジェクトの参加者も、同じ気持ちなんじゃないか。
現場が「思い出せない」のは、やる気の問題なのか?
月に数回しか関わらない人にとって、プロジェクトの文脈は毎回リセットされている。にもかかわらず、資料は「覚えている前提」で作られている。
企業のAI導入や業務改革の現場で、こういう場面がある。
定例で「前回の続き」から話し始める。決まったことを一覧で共有する。宿題を割り振る。だが次の回、話が進んでいない。前提を覚えていない人がいる。
推進側から見ると「関心が低い」「当事者意識がない」と映る。だが本当にそうだろうか。
その人にとって、そのプロジェクトは日常業務の合間にある。目の前には自分の担当業務があり、こちらの案件は月に数回訪れる「割り込み」だ。前回の文脈は、当然のように薄れている。
私が育児で経験したのと、同じ構造だ。忘れるのは能力ではない。余裕がないと、人は前提を保持できない。
だとすれば打ち手は、リマインドを増やすことではない。毎回、背景から入る形に、資料と進め方そのものを変えることだ。
- 決定事項だけでなく、「なぜそう決めたか」を毎回添える
- 今回の議題が、全体のどこにあたるのかを最初に示す
- 前回からの差分を、冒頭で見せる
面倒に見えるかもしれない。だが「なぜか浸透しない」という声を聞くとき、原因がこのあたりにあることは少なくない。
AIに詳しくない人は、どんなときにAIを使い始めるのか?

研修で教わったときではなく、自分が本当に困ったときだ。
この2週間で、もう一つ印象的なことがあった。
家族が、自分の体の不調について、自分からAIに相談していた。
AIに詳しいわけではない。普段から使っているわけでもない。それでも、切実な困りごとがあるとき、人は自分でツールを手に取る。誰かに使い方を教わったからではない。
これは、社内でAIが定着しない理由の裏返しでもある。
「便利だから使ってください」では使われない。その人が実際に困っていることと、AIが結びついた瞬間にだけ、使われ始める。
だから業務ドックでは、ツールの機能研修から入らない。まず業務を1件ずつ見て、「この人が本当に面倒だと思っていること」を探すところから始める。そこが見つかれば、使い方は勝手に覚える。
寝かしつけの音楽をAIで設計して、何が分かったか?
「同じものを流し続ける」のではなく、相手の状態ごとに設計を分ける必要がある、ということだ。
ここまで書いた「身近なAI」の実例として、ひとつ作ったものがある。寝かしつけ用の音楽だ。
先にお断りしておくと、これは医学的な効果を保証するものではなく、あくまで個人的な試行である。効くかどうかも、これから検証する段階だ。
市販の睡眠音源は、最初から最後まで同じテンポでできている。あれは「もう寝ている子」向けの設計で、泣いている子には届かないのではないか——そう考えて、赤ちゃんの状態ごとに分けて設計してみた。
- 泣いている時:速めのテンポで始めて、30分かけてゆっくりにしていく(84→60)
- ぐずっている時:72→58
- 起きそうな時:58のまま、変化させない
作っていて気づいたのは、3つ目だった。「何もしない」という設計がありうる。刺激を足さないことが、そのまま打ち手になる場面がある。
変化させるフェーズと、変化させないフェーズを、別のものとして設計する。あくまで一つの見立てだが、この考え方は業務改善にも当てはまる場面がありそうだと感じている。
身近なAIとは、結局何か?
賢いAIのことではなかった。
余裕がない人が、その状態のままで使えるAIのことだった。
そして企業の現場は、たいてい余裕がない。研修で想定されている「落ち着いてPCに向かっている状態」に、現場の人はいない。だから「導入したのに使われない」が起きる。
AIが使われるかどうかを決めているのは、多くの場合、AIの性能ではない。それを使う人が、どんな状態に置かれているかだ。
業務ドックでは、業務を1件ずつ診て、「誰が、どんな状態で、何に困っているか」から設計している。まずは無料の診断チェックリストで、自社の業務がどこから変えられるかを確かめてみてほしい。
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